「カツ丼とお銚子一本のセット、食べてみたかったんだけどな・・・。」

長身で引き締まった体躯、鼻筋が高く彫刻のごとき端正なマスクに口ひげをたくわえたその人は、こうつぶやきました。
かつて市川市の文豪「永井 荷風」が好んで食していたと言われる荷風セットを提供していた大黒屋が店じまいしていたことを心から惜しむ様子でした。

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ギャラリーLe Maniで6/14(金)~26(水)美術家「わたなべ ゆう」作品展が開催されます。

4/19、東菅野にオープンしたギャラリー「Le Mani」で新たな作品展が開催されます。

日本の絵画の世界では文壇で言うところの芥川賞に相当する安井賞を1995年に受賞した「わたなべ ゆう」氏のコレクション展。Le Mani店主さん待望の企画となります。

このたびお忙しい合間を縫って美術家「わたなべ ゆう」さんご本人に貴重なインタビューが出来ました。

【わたなべ ゆう略歴】

  • 1950年 山梨県河口湖町に生まれる
  • 1990年 第八回上野の森美術館大賞展 大賞受賞

         日本アイ・ビー・エム美術奨学大賞

  • 1991年 初個展 吉井画廊(銀座)
  • 1994年 第六回山梨県新進作家選抜展 山梨県立美術館賞受賞
  • 1995年 第三十八回安井賞展 安井賞受賞
  • 2000年 文化庁作品買い上げ
  • 2002年 「安井賞40年の軌跡展」(つくば美術館)
  • 2005年から毎年 江原画廊へ出展(東京)
  • 2008年から毎年 山口画廊へ出展(千葉)
  • 現在 個展を中心に活動、無所属。

少年時代の原体験。「褒められる」ことの大切さとは。

「小学校6年生の時に図工と作文を学校の先生に褒められたんだ。この時絵描きになろうと思い立った」

非常に早い時期からわたなべさんは画家になろうと志したことを率直に伝えてくれました。誰にも邪魔されず一人こもって一心に続けたことを評価してもらった少年時代の原体験。この時褒められたことがわたなべさんのその後の人生を決定づける大きなきっかけとなります。

「人との出会いが大切だね。それも自分の資質を上手く引き出してくれる人との出会い。これは大きい」
当時を振り返りながら今までの歩みを語ってくれました。

「絵描きになりたいと思うまではね、考古学者になりたかった。その物が今こうして古くなるまでにたどってきた長い長い時間。そういうものに興味があったんだ」

筆者が初めてわたなべさんの作品(「風土」シリーズのひとつ)を見たときに感じたのは、強烈なまでの土の匂い、そして平面にもかかわらず三次元的な深い奥行きのある世界でした。絵というよりはオブジェに近い感覚。お話しをうかがうにつれて、わたなべさんの世界観に引き込まれてゆくのを感じました。

わたなべさんは絵を描き続けながら20代から40代を港湾労働で生計を立てていた時期があります。

「20代の頃、デザイン会社に雇われてイラストレーターをしていた時期があるんだ。その時、頼まれて描くイラストが油絵っぽくなって、自分の絵がイラストっぽくなることを感じた。イラストをやり続けるのは怖いと思ったよ。なぜならそれで食えちゃうから。自分の絵がイラストみたいになってもね、生活が出来てしまう。だからあえて僕はイラストレーターを辞め、港湾労働という選択をしたんです」

港湾で働きながらわたなべさんが目にしたものは、船体の錆、ペンキの剥げたコンテナ、朽ち果てた材木など、これらをどうしたら絵に出来るか?反応する自分の眼でずっと採集し続けてきました。

「自分の眼で見て貯めこんだものを時間をかけて発酵させる。錆や剥げそのものを絵にするのではなく、記憶を頼りに何年も経て形を変えて出てくるものが最終的に作品として完成する」

考古学者に憧憬の念を抱いていた少年がある時画家を志し、大成するまでの期間を港湾で過ごす。この約20年の蓄積がわたなべ ゆうさんの作風から感じる土や風の匂いと深く関わっていることがこの時はっきりと分かりました。

40代にして日本の絵画の世界では最高峰と言われる「安井賞(第38回)」を受賞。

わたなべ ゆうさんが45歳の1995年、第38回安井賞に作品「風土15」を推薦され見事受賞します。
この権威ある賞は、1957年から始まり1997年の第40回まで続きました。

「受賞する前と受賞した後、僕の絵は何も変わってないよ。ただ絵を見てくれる人が増えたのは嬉しかった。でもね、変わらないと言っても一度完成した作品を壊してみるとそこに別のものが見えてくることもある。良くできたなぁというものを守っちゃいけない。この絵(風土15)で有名になったからこれはもう描かないことにした。マンネリ化はよくないから」とわたなべさんはいたずらっぽく笑います。

その後、幾つかの大学からオファーが舞い込みますが、教鞭を執ることなく絵を描き続けます。わたなべさんは、技術は教えられても物をつくること、絵を描くことの感性は人から教わるものではない、と言います。

「子どもは2、3歳で天才的な絵を描いてる。その子の資質を伸ばしてあげられる環境があるといいね。ある時横道に迷い込むことも大事なんだ。そこに今まで知らなかった世界があるとすればそれも出会いの一つだから。僕も市川の横道を散策してみたい」


荷風セットを食べて市川の横道をのんびり散歩してみたいと語るわたなべ ゆうさん。その姿に昭和の市川を奔放に生きた文豪の姿を重ね合わせました。

6/14(金)~26(水)の約2週間、東菅野のギャラリーLe Maniでその作品を味わうことができます。入場料は無料です。
(※同時期、6/5(水)~24(月)まで西千葉の山口画廊でも「わたなべ ゆう展」が開催されています)


ライター:u1ro