JR平井駅のホームから見えるユニークなデザインの看板。
「平井の本棚」

本棚?本屋じゃなくて「棚」なんだ?
湧き上がる好奇心を抑えきれず、平井駅を途中下車することに…

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JR市川から3駅、平井の本棚を訪れました

改札を出てから歩いて1分で到着。

お店の外には文庫本がびっしり。ほどよい重さの引き戸をカラカラ…と開けてお店の中に入ると、ぐるりと本棚に囲まれた居心地の良い空間が現れました。

入り口手前は新着棚と児童書。軽いエッセイから心理、画集、江戸・東京本。こじんまりとした店内に新刊も懐かしい本もゆるく肩を並べ、なぜか不思議な温もりを感じます。

なるほどここは「本棚」だ。

「平井の本棚」を始めた経緯

「平井から書店がほぼなくなくなってしまったんです。ここは以前父が不動産屋をやっていた場所なのですが、本屋のなくなった街で再び本屋が出来るのか?と古本市をやってみたのがはじまりです」。(『平井の本棚』オーナーの津守恵子さん)

期間限定の古本市には色んな方々が本を持ち寄り、店番も交代で担当、物珍しさもあってか多数のお客さんが訪れたようです。

「最終日にケアマネージャーさんがいらっしゃいました。本好きの車いすの方を連れて来られるか、と下見にいらしたんです。今日でおしまいですよ、と言うと『がっかりするわね・・・本屋が出来たらしいと楽しみにしていたから』とポツリ」。(津守さん)

勢いでやってみた古本市。
ご両親や親族を介護していた津守さんは、身体の自由がきかないしんどさを傍目でよく見ていたこともあり「軽率なことをしてしまった」と反省したそうです。

共感できるパートナー 越智風花さんとの出会い

古本市の後に現在の平井の本棚を立ち上げたのが2018年7月。

「色々考え、たくさんの方々に支えていただき開店しました。周囲の声は大半が反対でしたし、私自身、書店出身でない引け目もありました。でもやれる範囲でいいからやってみて、本屋をやれる人が来ないかな?と。そうしたら本当にそういう人が来たんです」。(津守さん)

「お客さんとして期間限定の古本市に来たのが最初です」。
そう語る越智風香さんは、愛媛県の今治市出身。現在主軸として店を運営しています。長野県松本市で在学中に一人で古本屋を立ち上げた経験があります。

「先日、センター試験を終えた帰り道に立ち寄ってくれた女の子が『吾輩は猫である』を買い求めてきました。残念ながらその時『吾輩は〜』の本がなくて・・・」。
「女子高生や大学生からは、例えば太宰の『斜陽』など定番のリクエストが多いです。若い人がそこから入っていこうとするのは、”芽”だな、と思うんです。その興味や好奇心といった気持を大事にしたいので、お客さんからのリクエストは常にメモして本の仕入れに役立てています」。(越智さん)

初めて来店した人には、あまり馴れ馴れしくならない程度に気を配りながらもお客さんとの会話を大事にしているという越智さん。
お店という対面販売の強みは、機会があればお客さんとコミュニケーションを図れることだと言います。
学生時代、築90年の古民家を借り、六畳一間のささやかなスペースで古本屋を営んだ経験が今この平井の本棚に活きています。

「本棚」が街に本を循環させる。物として流通する紙の本が存在する意味。

津守さんと越智さん、お二人から共通して出てきたのが『本の循環』という言葉です。

「街に古本屋がないと本の循環機能が鈍ります。本の流れる先がなければ、どんどん捨てられていきます。どんなによい本であっても、出版社が絶版にすれば、多くの人が手に取れる本としては世の中から消えていくことになってしまいます」。(越智さん)

「最近『失敗したくない』という言葉を若い方からよく聞くんです。無駄な本を読みたくない、と。でも、ふと本屋で手に取った本が新たな知識の入り口かもしれない。図書館という公的な場所だけでなく、誰かの知恵となった本が、また別の誰かに渡る循環というか・・・上手く言えないのですが、『本棚』なら様々な場所に作れるかも、と温泉街をミニ古本屋にするという試みをしたこともあります」。(津守さん)

「本屋」ではなく、あえて「本棚」と名付けた理由の一つがここにあるのかもしれません。
紙の本が流通する意味を考えながら、色んな場所に本棚を作りたい。
その志を応援したい気持ちが高まりました。

話は少しそれますが、私自身、荷物をなるべく軽くしたいという気持ちから、新聞は電子版、書籍はKindleと「読む」スタイルの完全デジタル化を試みた時期があります。しかし1年経たずにこの計画を断念しました。
理由は単純で、iPadの画面よりも紙に触れながらページをめくって活字を追いかけていく方が記憶に残ると気づいたからです。
紙の本や新聞、そこに書かれているアナログな活字の持つ力を感じた瞬間でした。

街の中にアジール(避難所)のような場所があってもいい。

平井の本棚には、2階にイベントスペースがあり、定期的に展示や読書会、著者を囲んでのトークなどを行っています。

取材当日も『路上にはみだす園芸』と題する写真展が開催され、多くの人で賑わっていました。(街歩きのワークショップには市川の方も参加していました)

過去にはインスタ映えない街「平井」というテーマで街歩きをしながら写真を撮ったり、平井にある銭湯巡りをしたことも。

「なんか日常って大変じゃないですか。たくさんやることがあって。家とは別に街の中にアジール(避難所、心休まる場所といった意味)みたいな場所がほしいなと。人がふらっと立ち寄って気を抜ける。そんな空間として存在していけるといいなと思います」。(津守さん)

今一番やりたいこと。本を読みたい!

将来的にどうしていきたいのか、今後の展望をうかがいました。

「私はなるべく黒子に徹して、きちんとした人がお店を運営する手伝いをしたいです。本屋やってると読書量が落ちるんですよー・・・。私の今やりたいこと、本を読むことかも(笑)。本を読むって自分の中に井戸を掘るようなものじゃないでしょうか。想像してみる。考えて咀嚼(そしゃく)し、思いを至らせる練習。そうした特性が本にはあると思います」。(津守さん)

その昔、『濹東綺譚(ぼくとうきたん)』や『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』で東向島(玉の井)周辺を描いた永井荷風は、晩年、市川に居を移しました。

東向島と市川のちょうど中間に位置する江戸川区平井。
本屋が消えてしまった街に再び灯りをともすように現れた『平井の本棚』が、徐々に人々の心を掴み、平井という地域の代名詞になる日もそう遠くないでしょう。

市川、本八幡からも総武線各駅停車で3~4駅の近場にあります。
平井駅改札を出て北口から徒歩1分。(駅のホームからお店の看板が見えます)
市川にゅ~すをご覧の皆さまも是非足を運んでみてはいかがでしょうか?
古本だけではなく新刊も取り扱っています。

平井の本棚 店舗情報

ライター:u1ro